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現実逃避行

結局終始徹夜の原因であったNinjaスピーチを終え,明日に備えて山と出た宿題を考えるのが面倒なのでベッドでゴロゴロしていると,ふと頭を過る事がこれまた山とある.人間の感覚というのは面白い.目の空間的解像能力については前に書いた気がするけれど,他はどうなんだろう.目にも耳にも捉えられる情報の幅に限界がある.解像可能な情報集積度にも限界がある.事こうした空間に依存した物理現象について,人間の感覚の限界を探...
人間が感知可能な最小の時間的感覚




リンクにも勝手に貼らして頂いてるブログなんですけどね、この記事に惹かれてしまった。

コメントを入れたんですけど、また有り難いことに丁寧な返事をくれるんですよね。

本当にありがとうございます。

私が書いたコメントが下です。

(注)難しい話し、長い話しが嫌いな人は1番下だけ読んでください。


No title
また面白いテーマの話しがでていますね。

目の解像度の話しでは、ゲーテの光と色彩に関する研究を連想させられました。彼は色彩に闇という認識を加えていたのですが、闇というのは光が存在しない、もしくは光を反射しない為に視覚情報を受け取れないというものですから、物理学的には間違っていた・・・ハズ。
しかし、人の認識という面に関しては間違いではないと思うんですよね。闇が光というものが存在しない場所として認識されるのであれば、それも光という存在があるために認識可能となる・・・みたいな感じで。。。

時間感覚に関しては、個体別に一秒の認識は違うのでしょうね。
私の考え方は、単位時間あたりの濃さ(情報処理量)がそれに関係していると思うんですよね。
事故にあった時に映像がスローモーションになるなんてことは(経験済み 笑)、危機的状況化に対しての脳のフル稼働によって起きるのではないでしょうか?

問題は時間の連続性でしたね。これを証明するのは不可能に近いのではないでしょうか?
仮に一個体がビデオテープのように外部情報と時間を捕らえていたとする。しかし、測定する側の認知速度がそれより遅い場合、連続として認識されますよね。
すると、何らかの測定機器か方法で、その情報処理速度を上回らなければ不連続か連続の判断はできない。
これが出来た場合、今度は測定した側の時間認識の連続性が問われると思うんです。

だから、人という生物種の連続性は証明できないのではないかと・・・



そしたら倍以上の量の返事を下さって・・・アリガタヤ、アリガタヤ




>病み人様
時間の認識については,生物学的,心理学的両方の側面で興味があるんですよね.もちろん,物理学的視点も外せないですが.
時間あたりの情報処理量に注目するのは面白いですね.脳の活性度,あるいは部位ごとの活動状況と時間感覚の統計を取ってみたら面白そうです.もっとも,既にどなたか行っていそうな実験なので,また時間のある時にでも探してみます.
時間の連続性に関する疑問は,物理的には案外近いうちに宇宙物理学の進歩により解決可能だと見ています.ただ人間の認識能力については,時代や文化を超えた膨大な量の統計が必要であると考えます.
というのも,現実には時間を語る,あるいは認識する上ですら,既に後天的な時間概念の影響をかなり受けていると考えるからです.例えば,まだまだ時間に関する概念の乏しい子どもは,ちょっと前の事は何でも昨日,次に起こる事は何でも明日と表現したりするものです.文化によって時間表現の方法や,重要度が違う事から見ても,十把一絡げというわけにはいかないと思うわけです.
また,子どもと言えば人間は胎児のどの段階から,時を認識するようになるのかも気になります.そうなると更に原始的な存在に遡りたくなるものですが,単純さを突き詰めるとシアノバクテリアですら時間に関係する生体機能である体内時計を持っているというのだから正直驚きを禁じ得ません.
人間のように複雑な生活パターンを持つ生物は,明らかに体内時計の存在が必要不可欠ですが,それに比較してあれほどシンプルなバクテリアが体内時計を持つに至った経緯を考えてしまいます.時計を持てば,少なくとも光合成の行いやすい時間とそうでない時間の予測がつくので,生物としては有利に使えるのかもしれません.あるいは必要があったから出来たのではなく,環境の変化が生体に及ぼす定期的な変化が何らかの形で機能として残った,言わば外因性のものなのかもしれません.
昔から散々言われている事ですが,時間というのは人間が感じるものの中でも特に特異なものですよね.その特異さ故か,他の感覚器官ほどまだ明確にその機能や性能もわかっていない.そのくせバクテリアの例を見ると,他の感覚器官に比べてずっと早くに獲得していたと思われる.
時間の話からいつの間にかバクテリアにまで辿り着いてしまいましたが,そもそもはじめに思いついたのは,病み人様が仰るような,動画のフレームのアイディアなんです.光学情報限定の話ですが,物理的には明らかに不連続な情報を,さも途切れ目の無い連続した情報として扱う.フレームの速度を落とすと,静止画の連続に見える.この境界には個人差があるんですが,少なくとも,光学情報に対しては時間方向に連続と不連続を判断する能力がある.
そこでふと思うわけです.じゃぁ自分が日頃感じている時間の連続性は,果たして断続的に感じる時間を補完したものなのか,あるいは真に途切れの無い連続したものなのか,と.いずれにせよ主観から見ると差が無い事になります.つまりこの表現のままでは,病み人様のご指摘の通り,人間には解決不可能な問題となります.これをどうにかして科学的な解釈に落とし込めないかといろいろと考えていると,このように長い文章になってしまうわけです(笑)
今回の問題は,問題が多岐にわたりすぎて文字通りやや問題ですが,日々生活する間に感じた小さな疑問や発見を,科学的な解釈に落とし込むのも良い訓練になると思うんです.今では偉大と言われる様々な歴史的発見も,最初は小さなものだったというケースも多いですし.たまにこれで寝不足になるのが玉に傷ですけれども.




で、さらにコメントを書いて見ました。




No title
そうですね、思考は言語によって支えられているものですから文化的影響は大きいでしょうね。

時間感覚を規則性のように、円(ループ)を描くものとするか、誕生から死までのような直線的なものにするかで議論が分かれそうですね。

体内時計に関しては外的要因が大きいかったのだと私は考えていますね。特に太陽光と月などからの重力の影響が大きかったのではないかと思っています。

人の細胞の中には目以外の場所でも光を感知できるものが存在しているらしいですからね。そして、太陽光の時間による変化が体内リズムの調整に使われているようなことを読んだりしたことがあります。
月でいえばバイオリズムですかね。。。

まぁ、これらが時間感覚をもたらしたのか、時間感覚がこれらをもたらせたのかの証明材料には弱すぎですね。笑

しかし、外的要因によって時間感覚がもたらせされていなければ、時間感覚の本来の意義が現在の意義と大きく変わっていることになりますね・・・

仮に、外的要因が時間感覚をもたらしているとして、外的要因がない世界・・・「無」の世界でしょうか?
そうなると禅などでいう無の境地とは時間を超越した精神構造を持つということなのだろうか・・・?

いやぁ~、想像と推測の域を脱しないけれど、想像力がかきたてられてイイですねぇ~

22日からカナダに一ヶ月程ホームステイと語学研修に出かけるのですが、いろんな国の人とこんな議論が出来たら楽しいでしょうね。

実際、日常会話レベルの英語も危ういんですがね。。。笑



ハイ、ここで思いだしました。
明後日、出発です!!
英語の勉強しろよっって感じ・・・?

一応してますよ・・・BAR(居酒屋)での注文の仕方とか会話とか・・・

方向性間違ってるな、オレ・・・ハぁ

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プロフィール

病み人

Author:病み人
NAME:病み人
生息地は福岡県
齢22にして大学生
「変な人」と言われると喜ぶ習性あり・・・

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